顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーモデルマウスの病態改善に成功~鉄代謝とフェロトーシス経路を標的にした新たな治療戦略~
【ポイント】
- 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD) *1 の原因遺伝子DUX4*2 による細胞毒性に、骨格筋内への異常な鉄蓄積とそれに伴う鉄依存性細胞死フェロトーシス経路*3 の活性化が関与することを見出しました。
- 予想外に、FSHD マウスへの鉄投与は、骨格筋の異常鉄蓄積とフェロトーシス経路の活性化を抑制し、病態を劇的に改善しました。
- FSHD マウスにフェロトーシス阻害剤フェロスタチン-1( Fer-1)を投与すると顕著な病態改善効果が認められました。
- 本成果から、鉄代謝*4 やフェロトーシス経路を標的にしたFSHD の新たな治療法開発が期待できます。
- 【概要説明】
FSHDは、遺伝性かつ進行性の筋疾患で、現在根本的治療法はありません。FSHDでは、DUX4という細胞毒性をもつ転写因子が骨格筋に誤発現します。DUX4の誤発現はFSHDの発症要因になると考えられていますが、DUX4がどのように細胞毒性を発揮し骨格筋に障害を与えるのか、そのメカニズムについてはあまりわかっていません。
今回、熊本大学発生医学研究所筋発生再生分野の中村晃大研究員、小野悠介教授らの研究チームは、DUX4 が誘発する細胞毒性に微量元素である鉄の代謝異常が関連することを見出し、FSHD の新規治療標的になり得ることを報告しました。
本研究では、FSHD 患者およびFSHD モデル(DUX4-Tg)マウスの骨格筋において鉄が異常蓄積していることを観察しました。そこで体内の鉄を減らすと病態が改善すると予想し、検証しました。DUX4-Tg マウスに、鉄キレート剤の投与、低用量鉄含有食の摂餌、あるいは遺伝子改変から細胞内鉄取り込みを阻害したところ、予想に反し、筋力低下等のFSHD 病態は改善されず、むしろ悪化させました。一方、意外にも、高用量鉄含有食の摂餌または鉄製剤を静脈投与すると、DUX4-Tg マウスの筋内異常鉄蓄積、握力、走力、自発的運動量等は著しく改善されました。さらに、骨格筋に発現したDUX4 は、鉄依存性細胞死であるフェロトーシス経路を活性化させることを見出しました。フェロトーシス関連化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニング*5 を実施したところ、フェロトーシス阻害剤フェロスタチン-1( Fer-1)を同定しました。DUX4-Tg マウスにFer-1 を投与すると握力や走力に顕著な改善効果が認められました。
以上の結果から、DUX4 が誘発する細胞毒性に鉄代謝異常をともなうフェロトーシス経路の活性化が関連することが明らかになりました。今後、さらなるメカニズムを解明し、有効かつ安全なFSHD 治療法の開発を推進します。
本研究成果は,米国の医学雑誌「Journal of Clinical Investigation」への掲載に先立ち、令和7 年7 月1 日(米国東部標準時午後12 時)にIn-Press Preview版としてオンライン公開されました。
なお、本研究は熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の日野信次朗准教授、東京科学大学難治疾患研究所の諸石寿朗教授、東京科学大学高等研究府の中山敬一特別栄誉教授、国立精神?神経医療研究センター神経研究所の斎藤良彦リサーチフェロー、西野一三部長との共同研究で行ったものです。
[用語解説]
*1.FSHD:指定難病である筋ジストロフィーのひとつ。筋ジストロフィーの中では比較的患者数が多いと推定されている。
*2.DUX4:細胞毒性を持つ転写因子でFSHD の原因遺伝子。通常、胚発生や生殖細胞に発現するが、骨格筋には発現しない。
*3.フェロトーシス:鉄依存性の新たな細胞死の概念。過酸化脂質の蓄積を伴う。がん、神経変性疾患、心疾患など、さまざまな疾患との関連注目されている。
*4.鉄代謝:細胞機能に必須の鉄は過剰になると細胞を障害するため、細胞内鉄濃度は厳密に制御される。鉄不足の状態では、トランスフェリン受容体(TFR)発現が増加し、細胞内鉄取り込みを促進する。細胞内のリソソーム、ミトコンドリア、フェリチンは細胞内鉄の貯蔵や利用を制御する。
*5.ハイスループットスクリーニング:短時間で多数の化合物の効果を評価し、候補物質を効率的に特定する手法のひとつ。創薬、バイオマーカー探索に活用される。
[特記事項]
本研究は、日本医療研究開発機構( 難治性疾患実用化研究事業?微小環境異常に着目した顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの疾患発症メカニズムの解明と新規治療基盤の確立(JP25ek0109823))、創発的研究支援事業、日本学術振興会科学研究費助成事業、武田科学振興財団、アステラス製薬代謝疾患研究会の支援を受けて実施されました。?
[参考文献]
中村晃大、小野悠介.「顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの基礎研究の現状」.難病と在宅ケア.25 巻.10-14 項.2019 年
【論文情報】
論文名:Iron supplementation alleviates pathologies in a mouse model offacioscapulohumeral muscular dystrophy
著者:Kodai Nakamura1, Huascar Pedro Ortuste Quiroga1, Naoki Horii1, ShinFujimaki1, Toshiro Moroishi2,3,4, Keiichi I Nakayama5,6, Shinjiro Hino7,Yoshihiko Saito8, Ichizo Nishino8, Yusuke Ono1,3,9*
所属:
1)熊本大学発生医学研究所 筋発生再生分野
2)熊本大学生命科学研究部 分子薬理学講座
3)熊本大学健康長寿代謝制御研究センター
4)東京科学大学難治疾患研究所 細胞動体学分野
5)東京科学大学高等研究府 制がんストラテジー研究室
6)九州大学生体防御医学研究所 分子医学分野
7)熊本大学発生医学研究所 細胞医学分野
8)国立精神?神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第一部
9)東京都健康長寿医療センター研究所 筋老化制御研究室
*責任著者
掲載誌:Journal of Clinical Investigation
DOI: doi: 10.1172/JCI181881.
URL: https://www.jci.org/articles/view/181881
【詳細】 プレスリリース(PDF567KB)
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お問い合わせ
熊本大学発生医学研究所
担当:教授 小野 悠介
電話:096-373-6601
e-mail:ono-y※kumamoto-u.ac.jp
(※を@に置き換えてください)