肺がん細胞の“助け合い”が治療効果を減弱させる新メカニズム ―細胞間ネットワークによる防御と、その弱点を突く併用療法の可能性―
【ポイント】
- 肺がん細胞において、YAP/TAZ活性の異なる細胞同士が“助け合う”ことで、細胞死「フェロトーシス」に対する集団的な抵抗性を獲得することを明らかにした。
- 患者由来の検体とマウスモデルの解析から、GCH1という酵素が抗酸化物質BH4を産生?分泌し、がん細胞間で共有されることで、細胞死を回避する仕組みを示した。
- がん細胞同士の協調によって生じる治療抵抗性という新たな概念を提唱し、がんの多様性に応じた次世代型治療戦略の構築に向けて重要な知見を提供した。
【概要説明】
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 難治疾患研究所 細胞動態学分野の諸石寿朗教授、および熊本大学 分子薬理学講座の李浩研究員(研究当時、現?関西学院大学助教)らの研究チームは、肺がんにおけるがん細胞の多様性が治療抵抗性に関与する仕組みを、患者検体の解析およびマウスモデルを用いた実験によって解明しました。
研究チームは、がん細胞の増殖や転移に関わる分子であるYAPおよびTAZ(用語1)の活性に着目し、腫瘍内においてこれらの活性が異なる細胞群が共存する場合、患者の予後が悪化することを明らかにしました。さらに、YAP/TAZ活性が低い細胞は、鉄依存的細胞死であるフェロトーシス(用語2)に強い耐性を示すだけでなく、抗酸化物質BH4(テトラヒドロビオプテリン、用語3)を産生?分泌することによって、隣接するがん細胞も保護していることが判明しました。この防御機構の鍵となる酵素がGCH1(GTPシクロヒドロラーゼ1、用語4)であり、GCH1を阻害する薬剤とフェロトーシス誘導剤との併用によって、肺がんの治療効果が動物モデルにおいて大きく高まることを確認しました。
これらの成果は、がん細胞間の“助け合い”によって生じる治療抵抗性という新たな概念を提示するとともに、フェロトーシスを標的とした新たながん治療戦略の開発に道を拓くものです。
本成果は、熊本大学 微生物学講座、免疫ゲノム構造学講座、細胞病理学講座、呼吸器外科講座との共同研究によって得られ、7月6日(現地時間)付で「EMBO reports」誌に掲載されました。
●付記
本研究成果は日本医療研究開発機構、日本学術振興会、科学技術振興機構、小林がん研究振興財団、高松宮妃癌研究基金、金原一郎記念医学医療振興財団、日本がん研究振興財団、加藤記念バイオサイエンス振興財団の支援を受けて実施したものです。
【用語説明】
(1) YAP(Yes-associated protein)およびTAZ(transcriptional coactivator with PDZ-binding motif):細胞内のシグナル伝達を担うタンパク質群で、細胞の増殖?分化?細胞死の制御に関与する。がん細胞の悪性化や治療抵抗性に深く関わる重要因子である。
(2) フェロトーシス:細胞内の鉄イオンが過剰に反応し、脂質膜の酸化によって引き起こされる、新しいタイプの細胞死。がん治療の新たな標的として注目されている。
(3) BH4(テトラヒドロビオプテリン):強力な抗酸化作用を持つ生体内物質。細胞内の活性酸素種を抑制し、特に脂質の過酸化を防ぐことで細胞を保護する働きがある。
(4) GCH1(GTPシクロヒドロラーゼ1):BH4の合成において中心的な役割を担う酵素。抗酸化物質であるBH4の生産を促進し、細胞を酸化ストレスから守る。
【参考文献】
[1] DOI: 10.1038/s41568-023-00591-5
[2] DOI: 10.1038/nrc3876
[3] DOI: 10.2174/138920111798357393
【論文情報】
掲載誌:EMBO reports
論文タイトル:Hippo pathway controls biopterin metabolism to shield adjacent cells from ferroptosis in lung cancer
著者:Hao Li, Yohei Kanamori, Akihiro Nita, Ayato Maeda, Tianli Zhang, Kenta Kikuchi, Hiroyuki Yamada, Touya Toyomoto, Mohamed Fathi Saleh, Mayumi Niimura, Hironori Hinokuma, Mayuko Shimoda, Koei Ikeda, Makoto Suzuki, Yoshihiro Komohara, Daisuke Kurotaki, Tomohiro Sawa, Toshiro Moroishi
DOI:10.1038/s44319-025-00515-4
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【詳細】 プレスリリース(PDF902KB)
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