難病「アミロイドーシス」に“光”を。―アミロイドの無毒化による治療効果を初めて実証

【ポイント】

◆世界的な高齢化を背景に、異常タンパク質の凝集?蓄積に起因するアミロイド疾患は近年、診断例が急増している。特に、トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTR)は、現状で臓器移植以外に根治療法はなく、多くの患者は体内に蓄積し続ける毒性のアミロイドを無毒化することができないまま死に至るという悲惨な現状がある。

◆この現状を一刻も早く改善すべく、本研究では光によって活性化され、空気中の酸素からアミロイドに対して親水性の酸素原子を化学反応により選択的に導入(光酸素化)することができる小さな触媒分子を開発し、アミロイドの無毒化を達成した。


◆高い反応性と選択性を併せ持つこの触媒は、患者由来のアミロイドに対しても光酸素化を実現し、さらに世界唯一の本疾患モデル動物である線虫の体内でも反応を進行させて、初めて治療効果を得ることに成功した。

【概要説明】

東京大学 大学院薬学系研究科 有機合成化学教室 金井 求 教授と山根 三奈 特任助教らの研究グループは、同?機能病態教室 富田 泰輔 教授、堀 由起子 准教授、熊本大学 発生医学研究所 山中 邦俊 准教授、筑波大学 筑波大学医学医療系?トランスボーダー医学研究センター 広川 貴次 教授、京都大学 化学研究所 梶 弘典 教授、和歌山県立医科大学 相馬 洋平 教授、杉村会 杉村病院アミロイドーシス診療研究サポートセンター 安東 由喜雄 総長、熊本大学 大学院生命科学研究部 植田 光晴 教授、富山大学 薬学部 水口 峰之 教授の研究グループと共同で、難病「トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTR)」に対し、新たな治療戦略を打ち出しました。

本技術の鍵となった触媒は、光と空気中の酸素を使った化学反応(光酸素化)により、疾患モデル動物個体内で毒性のアミロイドを無毒化することができ、治療効果を観察することに初めて成功しました。

本症に対する従来の治療法は、早期患者の症状を和らげ進行を遅らせる、あるいは健常者の発病予防に対してある程度の効果が見込めていました。しかしながら、ある一定のステージまで病気が進行してしまった患者において、既に体内に蓄積したアミロイドを無毒化?分解する効能はありませんでした。一方、本研究の特色である「アミロイド選択的な光酸素化」は、アミロイドの形成阻害に加え、不可逆的に沈着したアミロイドを化学反応により選択的に無毒化することで、動物個体で病態改善を実現可能とする小分子触媒の世界初の例となります。これまでに金井教授らは、アルツハイマー型認知症の原因物質(アミロイドβやタウ)を対象として種々の光酸素化触媒を開発してきましたが、臨床応用には至っていませんでした。本研究は、課題としていた治療効果の概念実証獲得を克服し、触媒的光酸素化法を臨床適用に繋げるマイルストーンを達成したと共に、これまで治療法が無かった患者にも有効な特効薬の開発につながることが期待されます。

?

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Catalytic Photooxygenation Demonstrates Therapeutic Efficacy inTransthyretin Amyloidosis
著者名:Mina Yamane, Hiroki Umeda, Moe Toyobe, Atsushi Iwai, Kuraudo Ishihara, Genki Kudo, Harunobu Mitsunuma, Yukiko Hori, Taisuke Tomita, Mineyuki Mizuguchi,Masamitsu Okada, Mitsuharu Ueda, Yukio Ando, Shigehiro A. Kawashima, Youhei Sohma, Hironori Kaji, Takatsugu Hirokawa, Kunitoshi Yamanaka,* Motomu Kanai*
D O I:10.1021/jacs.5c06205
U R L:https://doi.org/10.1021/jacs.5c06205

??

【研究助成】

本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:JP23KJ0559)」、「基盤研究S(課題番号:JP23H05466 )」、「基盤研究B ( 課題番号: JP25K02384 、JP24K02153 )」、「Core-to-CoreProgram(課題番号: JPJSCCA20220004)」、「JST Crest(課題番号:JPMJPR2279)」、「学術変革研究(課題番号:JP24H01787)」、AMED(課題番号:JP22ama121029j0003、JP25ek0109834)」、京都大学化学研究所?国際共共拠点「課題提案型研究課題(課題番号:2022-106)」および熊本大学発生医学研究所共同研究?共同利用支援により実施されました。

?

【用語解説】

?(注1)アミロイド
なんらかの理由によって、異常に折りたたまれたタンパク質が凝集してできた、線維状で不溶性の構造体のこと。これらは「クロスβ シート構造」と呼ばれる安定した立体構造をとり、体内で分解されにくく、臓器や組織に沈着して様々な臓器障害をもたらす原因となる。
(注2)アミロイドーシス
アミロイドと呼ばれる異常なタンパク質が体のさまざまな臓器や組織に重合?沈着することで、臓器の機能障害を引き起こす病気の総称。
(注3)トランスサイレチン (TTR)
生体で、甲状腺ホルモンやビタミンA の担体として機能するタンパク質のことで、何らかの理由によって構造が不安定化するとアミロイドを形成する。

注4)触媒
化学反応において自らは変化?消費されることなく、反応の活性化エネルギーを低下させることで、反応速度を上げたり、特定の反応経路を選択的に促進したりする分子のこと。特に、少量でも反応を効率よく進行させることや、反応後も再利用可能であることが特徴である。従って、原理的には触媒医療では薬物投与量を極度に低下させることができる。
(注5)光酸素化
光のエネルギーを利用して酸素(O?)を反応に関与させ、分子中に酸素原子(元素記号:O)を導入する化学反応のこと。
(注6)触媒医療
化学触媒を用いて生体分子に対する選択的かつ繰り返し可能な変換を誘導し、触媒を通じて生体内の化学反応ネットワークに能動的に介入するという新しい疾患治療概念のこと。

【詳細】 プレスリリース(PDF1,027KB)

 

icon.png sdg_icon_03_ja_2.png

<熊本大学SDGs宣言>

お問い合わせ

熊本大学 総務部総務課広報戦略室

電 話 : 096-342-3269

e-mail: sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp